俺たちは碇シンジを卒業できない

碇シンジを卒業できない全ての者たちに捧げます。

青春モノを観たときに感じる「懐かしさ」はぜんぶ嘘

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焼けつくような夏の日差しを浴びながら歩いていると、あの子と一緒に過ごした青春の記憶がフラッシュバックしてきて、懐かしい気持ちになる、ような気がする。学校の帰り道、コンビニに寄ってアイスを買い食いしながら帰ったこと。休日にあの子を入れた何人かで遊んで、ファミレスに行って、みんなで話しているときに笑っているあの子の笑顔にどきどきしたこと。そういった記憶。

でも、それは全部偽物の記憶だ。なぜなら僕は、そんな経験をしていない。フラッシュバックしてくる記憶は、どこかで読んだり、観たりした作品のワンシーンでしかない、ほんとのところは。

そしてなぜか、僕が混在している作品はだいたい、セカイ系と呼ばれる作品群が多い。例えば「イリヤの空、UFOの夏」、「エヴァンゲリオン」とかそういったアニメやラノベだ。しかも、必ずしも青春時代真っ只中に鑑賞したものとは限らない。それでも現実の記憶と混在してしまっているのは奇妙なことだ。だけど、わかる気もする。青春の記憶なんて、そういう曖昧なものなんだろう。

例えば、理想の青春というものがあって、こうありたかったという願望があって、それを補完してくれるような作品と出会うと、無意識下の僕が勝手に自分の体験と重ね合わせて鑑賞してしまう。そうやって、偽りの記憶のできあがり、というわけだ。

結果的に僕の青春の記憶は、無惨にもセカイ系作品のあらゆるシーンが結びついてしまっている。悲惨だ。悲惨ではあるけど、美しい思い出が残っているのなら、まあいいか。