俺たちは碇シンジを卒業できない

碇シンジを卒業できない全ての者たちに捧げます。

ひめキュンフルーツ缶 - 情熱、エモーション。

ライブアイドルにおいてCDあるいは楽曲配信という形態で音源をリリースすることに意味があるとすれば、それは彼女たちの活動の歩みの記録としてに他ならない。だがその記録は決して時系列に積み上げられた無機質で無意味なデータの集積というわけではない。それは彼女たちの歩みの現在形、「今」を最も瑞々しく表しているものであるはずだ。

その意味で2ndアルバムである本作『情熱、エモーション。』は、ひめキュンフルーツ缶の「今」を端的に表している。

本作は、一言で言えばよりロックに傾倒した形となっている。前作『恋愛ミラクル!!』リリース時は、オリジナル曲でいえば”ワタシダイイチキボウ”を例外にすると、今ほどロック色の強い曲は少なかった。アイドルソングらしいポップスが多く、ニッポリヒトのカバーである青春パンク節の”例えばのモンスター”がシングルとしてリリースされてはいたが、あくまでカバーであった。今振り返ってみれば、あの時点のひめキュンは過渡期だったのだということが分かる。

『恋愛ミラクル!!』発売前後から、ひめキュンはロック色を強めていく。その頃出演したTIF2012では少ない出番ながらも、”ワタシダイイチキボウ”、”例えばのモンスター”といったロックナンバーを、彼女たちの持ち味であるパワフルなダンスで表現することによって、ひめキュンのイメージが変化していく契機となったように思える。なお”ワタシダイイチキボウ”はアルバム曲ながらもMVが制作されており、砂埃立ち煙る廃工場で、バンドをバックにパフォーマンスするというロックバンドのMVさながらの映像となっており、この曲が「今」のひめキュンの萌芽と言えるだろう。

こうして前作から本作リリースまでの1年の間に、ひめキュンは前作の”ワタシダイイチキボウ”で示したロックな世界観を押し広げていき、本作へと至る。シングル曲の収録である”アンダンテ”、”キラーチューン”、アルバム初収録の”キミノミライ”、”GAME OVER”、”夢見る世界”の5曲はどれもハイテンポで攻撃的なロックナンバーとなっており、この5曲の収録がひめキュンのロックへの傾倒というコンセプトの変化を端的に示している。

こうした変化はパフォーマンスにも現れている。元々パワフルなダンスが持ち味の彼女たちだが、この夏は体幹トレーニングやサウナスーツを着用するなどのハードなトレーニングを積むことで、アスリートのあの、パワーをやみくもに全力で出すのではなく身体を意識的なコントロールの下に置くことで生まれる機能美のような美しさ、それすら見て取れるパフォーマンスをするようになった。

更にこの夏は「MONSTER baSH」にも出演した。もっともこれは、今年の夏フェスへのアイドルの出演が急増したという流れ、すなわちロックシーンがアイドルを――意図はどうであれ――取り込もうとしたというシーン全体の流れの中に位置づけるべきだろう。むしろひめキュンにおいて注目すべきはその他の対バンライブだ。出演者がひめキュンが所属する事務所マッドマガジンレコード所属のアイドル(通称マッドマガジンレコードクルー、略してマックル)以外はインディーズバンドといったメンツの対バンライブに頻繁に出演するようになり、8月30日に行われたマッドマガジンレコード主催のライブ「ひめキュン祭」では、あのガガガSPを呼んでいる。この活動の場の変化から見ても、ひめキュンのロックへの傾倒がコンセプトの変化に留まらず、商業的な舵取りに基づいたものであることは明らかであろう。

ひめキュンは8月7日より事務所自前のインディーズレーベルから徳間ジャパンにレーベルを移しメジャーデビューしている。メジャーデビューした以上、商業的要請からは逃れられない。ロックシーンへ活躍の場を広げようとしているのは、そうした商業的達成のための目的もあるのかもしれない。こうしたアイドルシーンから別のシーンへと活躍の場を広げブレイクの足がかりを得るという道筋はももクロに続き、BiSやでんぱ組.incらがロールモデルとして存在している。ひめキュンがその後に続くかどうかはさておき、コンセプト、音楽性、活動の場を大胆に変化させながら、ひめキュンフルーツ缶というグループは今、大きな変化のまっただ中にある。これほど面白い時期はないだろう。

世界観の変化、活動の場の変化、そしてメジャーデビュー、こうした変化にファンは距離が離れていくことによる寂しさを感じ、不安を抱くことがある。実に身勝手な不安にも思えるが、グループのファン数が少なければ少ないほど、アイドル現場のコミュニティとしての結びつきは強くなるため、そうした時期から応援してきたファンがこの種の不安を抱くことは無理からぬことなのだ。そしてこの種の不安を抱くファンに向けたひめキュンからのメッセージソングが”色づく蒼葉たち”だ。

だんだん遠く離れて行くって、何も変わってないよ

こう明るく歌い上げる彼女たちはどこまでも真っ直ぐだ。この曲の歌詞はファンの想いや不安に対してアイドルが答える、というアイドルとファンとのコミュニケーションの図式となっている。それはあからさまなほどに明確に描かれいて、*1

「次のライブの情報が」チェック済み
「内緒の話なんやけど」もっともっと知りたい

といった具合だ。限定された対象に向けられる特殊化された表現は、AKB48の歌詞などにも頻繁に見られるが、アイドルとファンと時にはスタッフも含めた「現場」というコミュニティにおけるコミュニケーションが、アイドルというエンターテイメントにおいて極めて重要なファクターであることを象徴的に表していると言えるだろう。これはひめキュンおいても、もちろん当てはまる。*2
また”夢見る世界”においても、アイドルとファンとの関係性を暗示するかのような歌詞となっている。これは”色づく蒼葉たち”ほど明確に示されているわけではなく解釈次第であるのでここで言及することは避けるが、そうした意味が含まれていたとしても何らおかしくはないだろう。

本作『情熱、エモーション。』はひめキュンフルーツ缶の「今」を端的に表すものだと述べた。それはひめキュンのコンセプトが、よりロックへ傾倒したものへと変化したということだ。そしてコンセプトの変化や活動の場の変化、メジャーデビューがきっかけで、距離が遠くなってしまったと感じるファンが少なからずいて、そうしたファンとアイドルの関係性が楽曲の中で描かれている。こうした歌詞は、アイドルとファンのコミュニケーションがアイドルというエンターテイメントにおいて極めて重要なファクターであることを象徴的に表しているのである。

*1:”色づく蒼葉たち”の歌詞を作詞している井上卓也は、ひめキュンの作詞作曲編曲を総合的に手掛けるコンポーザーでありながら、ライブ会場ではPA卓で音響の調整のみならず、握手会の仕切りまで手掛けるため、ファンとの交流も多い。そのためアイドルとファンの関係性について極めて正確に把握しているはずで、そうした氏が書いた歌詞という点は見逃せない要素である。

*2:言うまでもなくアイドルという一大エンターテイメントはいまや、握手会をはじめとする特典会と呼ばれる様々な形態のコミュニケーション抜きには語ることはできない。それはライブにおいても同様で、MIX、掛け声によるコールアンドレスポンス、「レス」と呼ばれるアイドルから特定の個人に向けられるレスポンス(指差し、目線など)、そして「レス」を貰うためのファンの涙ぐましい様々な身体的表現など、極めてインタラクティブだ。アイドルとファンとのコミュニケーションによる戯れこそ、このジャンルの最も特徴的かつ、我々を惹きつけて止まない要素である。